「テロ対策特別警戒中」
いつからか、そんな看板が日本中に立つようになった。北海道ののどかな農村や漁村でも目に入る。
ニューヨークの二つの超高層ビルが崩壊した二○○一年九月十一日以降、米国はひたすら「テロとの戦い」に突き進んだ。
前線ではないにしても、日本もその戦列に加わってきた。日本が戦後、守り通してきた憲法の平和主義が曲がり角に立たされる。そんな局面でもあったように思う。
「テロ警戒」の看板を見たからといって、人々がテロの脅威を肌身に感じるわけではないだろう。
だが、遠い出来事であったはずのテロが、暮らしのなかに静かに影を落としている風景には違いない。
テロとの戦いは、社会にある種の息苦しさをもたらした。
戦いを続けている以上、それは我慢しなければならないことなのだろうか。一方で、もっと大事なものが損なわれてはいないだろうか。
そうした問いを重ねてたどり着くのは、そもそもいまの戦いは正しいのだろうか、という疑問だ。
*社会が一色に染まる怖さ
かつては中東やヨーロッパなどの一部の国のことと思われていたテロの恐怖を世界規模に広げたのが「9・11」事件だった。
米国の繁栄の象徴が狙われ、その映像がテレビで世界中に流れた。
その後、スペインや英国の大都市などでも大規模テロが相次いだ。米国と有志国の報復攻撃が新たなテロを招く。そんな連鎖が続いた。
日本にテロの予告が突きつけられたこともある。米国支持の姿勢が脅威を呼び寄せてしまったのだ。
いつ、どこで巻き込まれるか分からない。テロリストがどこに潜んでいるかも分からない。それがテロの怖さだろう。
だが、人々の周りに漂う息苦しさとは、必ずしもテロへの恐怖によるものではない。
陸上自衛隊が初めてイラクに派遣された四年前の冬を思い出す。
当時、派遣第一陣の司令部があった旭川の街の至るところに、黄色いハンカチがひるがえった。隊員たちの無事な帰還を願う、善意の市民運動だった。
その圧倒的な善意の前に、派遣反対の声はかき消されがちだった。戦後日本の重大な岐路ともいえる場面で、社会が一色に染まる怖さを感じとった人は少なくない。
*生命と自由を踏みにじる
同じころ、自衛隊が派遣に反対する市民の活動をひそかに監視していたことも明らかになった。
来日外国人には指紋採取と顔写真提供が義務づけられた。テロリストの入国阻止が目的だという。
街頭では監視カメラが市民の行動に目を光らせている。
多数の声に懐疑を許さないような空気。善良な市民にまで向けられる疑心。こうしたことの一つ一つが、テロとの戦いを声高にいう社会を薄い皮膜のように覆いつつある。
京都大学大学院の大澤真幸(まさち)教授の指摘は的確だ。
「民主主義と自由を守るためのセキュリティーの強化が、民主主義と自由を食いつぶしてしまう」
同じことはこれまでの米国の振る舞いにもいえる。
米国は国際社会の反対の声を振り切って、イラク戦争を始めた。
その手続き自体が、非民主的だっただけではない。米国がイラクやアフガニスタンで仕掛けた攻撃は、市民を巻き添えにして、その生命と自由を蹂躙(じゅうりん)してきた。
テロは自由も民主主義も否定し、生命の尊厳を踏みにじる卑劣な犯罪行為だ。犯罪を裁くのは武力ではなくて法でなければならない。
テロリストを追いつめるのに必要なのは警察力だ。
*貧困対策こそ日本の仕事
今年七月、洞爺湖畔で主要国首脳会議(サミット)が開かれる。
地元周辺はもちろんのこと、札幌や東京でも厳しい警備体制が敷かれるに違いない。
そのとき日本人は、テロの脅威を身に降りかかる問題として考えることになるのだろうか。
だが、想像力をそこにとどめていてはいけない。
息苦しさに慣れてしまい、いつの間にかそれが当たり前になっている社会。テロリストを掃討するためだといって、他国の軍隊に街ごと破壊され、生命まで奪われる市民。
自分の周りで起きていることに鈍感なままでいて、遠い国の生命の尊厳を思うことができるだろうか。
ここでいま一度考えてみたい。テロリストとはだれか。どこに潜んでいるのか。
テロリストは米国が追い続けるウサマ・ビンラディン容疑者とその一味だけではない。テロリストは憎悪と貧困の中から生まれ続ける。
先進資本主義国の日本は国際社会の勝ち組といっていい。途上国の労働力や資源の上に成り立っている消費大国でもある。
貧しく飢えた人々を救う責任を、日本はもっと自覚する必要がある。そのための知恵と力も持っている。
長い時間と手間がかかる道になるだろう。そしてそれは武力に頼る戦いでは、決してなし得ない仕事だ。だからこそ進むべき道でもある。
(北海道新聞より引用)
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